2011年2月10日木曜日

本のご紹介です。漂砂のうたう

これであなたも読書通!話題の本をほぼ日刊でご紹介


本日は ◆話題の小説系


漂砂のうたう  木内 昇
¥ 1,785  集英社 (2010/9/24)


第144回芥川賞受賞作。

いやしかし、時代小説を書く人の頭って、どんな作りになってる
んかねえ。頭の中にずずずらーっと、書架か資料棚でもあるんだ
ろうか。

描写が緻密で、ほの暗い遊郭の世界にぐぐっと入り込むことがで
きた。至福とはこのこと。

時は明治、江戸幕府が倒れて10年が経った頃。主人公の定九郎は、
根津遊郭の立番として働いていた。見世にあげる客を検分する仕
事である。もともとは武家の次男坊だった。

龍造という男がいる。巌のような規律の男で、見世の一手を取り
仕切っている。嘉吉、これは下働きだ。顔中に醜いあばたがあっ
て、何かと劣等感にさいなまれている。

ポン太なる噺家も登場する。滑稽な語り口で現れ、物語を進めて
行く役割を担う。遊女は芳里、小野菊。

定九郎は芳里のことを「とんび」と評している。売れない遊女だ。
客がつかないため、古株なのに粗雑な扱いを受けている。対して
小野菊は彼が働く遊郭の稼ぎ頭。気風がよく、どこか気品を感じ
させる彼女には、足しげく通ってくる上客がついていた。

遊郭の町の描写が続く。そこには堵場も開かれていた。働く男衆
から金を巻き上げるための店だ。

物語が動き始めるのは中盤以降。堵場を預かっていた山公が、出
奔する辺りから、がぜんお話が盛り上がり始める。

山公は長州の出身だった。農民であったが、積もるものがその心
にあった。西郷隆盛が首謀となった、西南戦争に加わるため堵場
を抜ける。

定九郎はあせる。山公は自分の居場所を求めて旅立った。

しかし彼は、未だ遊郭を居場所と定められていない。武家の生ま
れだ。維新がなければ進むべき道はおのずと決められていた。な
のに今、地獄のような遊郭町で自分はいったい何をしているのだ
ろう。

そこにつけこんだのがヤクザ者の吉次だ。売れっ子の小野菊を、
吉原に引き抜こうというのである。遊女の引き抜きはご法度だ。

だが定九郎はその手引きを引き受けてしまった。どうやらほかに
も、内通者がいるようだ。龍造の厳しい監視を逃れ、定九郎は小
野菊を逃がす手段を画策する。

機会が訪れる。小野菊が道中をやるというのだ。そのさなかに、
決定的な恥をかかせてしまえば小野菊はここにいられなくなるだ
ろう。

定九郎はポン太の噺を思い出す。嫁入りの夜、着物が破けて笑い
者になった娘の話だ。内通者と口裏を合わせ、道中の失敗を算段
する定九郎。

ポン太の噺にはこんなオチがついていた。恥をかかされた娘は、
将来を悲観し身を投げて死ぬ。では小野菊は。

道中の途中に逃げ出した定九郎だが、恐ろしくなって再び遊郭に
戻る。果たして、彼の算段は成功してしまっていた。小野菊は泣
く。暗い仕置き部屋に閉じこもって、誰にも会いたくないのだと
言う。

定九郎は思う。小野菊に恥をかかせてやりたかった。それは、こ
の地獄の一丁目のような場所で、小野菊が美しく笑っているせい
である。小野菊は己の居場所をわきまえ、そこに立つ気概を持っ
て生きていた。

では自分はどうなのか。自分は生簀の中の魚、水の中の砂だ。沈
み込み、取り囲まれ、自由になることができない。そもそも武士
であった定九郎には、近年ささやかれるようになったこの「自由」
の意味がわからないのである。

ポン太が諭す。いわく、水底の砂粒だって、ひそやかに動いてい
る。表から見えぬようでも、確実に砂はうごめいている。


めっちゃ面白かった。濃かった。おかげで寝不足になり、翌朝の
支度に支障をきたすほどでした。

今回の四作品、勝手に例えてみるとこんな感じ。(読んだ順で)

月と蟹、コッペパン。きことわ、飴細工。苦役列車、豚汁。漂砂
のうたう、豪華具材入り炊き込みご飯。

長い時間楽しみたいなら漂砂のうたう、三連休を前にして、おす
すめだいっ。

漂砂のうたう