2011年1月9日日曜日

週刊 お奨め本 第428号『空白の五マイル』

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週刊 お奨め本
2011年1月9日発行 第428号
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『空白の五マイル』 角幡唯介
¥1,600+税 集英社 2010/11/22発行
ISBN978-4-08-781470-5
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副題:チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む
第八回開高健ノンフィクション賞受賞作


著者の角幡唯介は、早稲田大学探検部出身。
本書の内容は、ずばり「探検」です。
いまどき珍しいくらいの、直球で探検です。


探検とは言っても、そもそも、グーグルアースが砂漠の真ん中だろうがどこだろ
うがクリックひとつでPCに映し出してくれる時代、探検にふさわしい場所がこの
地球上に残されているのだろうか?
角幡も、まず大学時代にまずそこで躓いた。

「世界の可能性を拓け」という挑発的なあおり文句が書かれた探検部のビラに、
人生に対する渇望感を満たしてくれそうな期待を抱いた。
入部し、いつか訪れる本格的な探検に備えて登山に明け暮れたが、問題は、どこ
を探検すればいいのかわからないということだった。


欲求不満を募らせた大学四年時、角旗はたまたまツアンポー川の探検の歴史を
書いた本と出合う。
ツアンポー川はチベット高原を横断しインドへ流れ込む、長さ2900キロに及ぶ
アジア有数の大河である。チベット高原を西から東へ流れた後、ヒマラヤ山脈
の東端の二つの大きな山に挟まされた峡谷で流れを大きく南に旋回させる。
18世紀から19世紀にかけて、この川がヒマラヤ山中に消えたあと、どこに流れ
るのかまったくの謎だった。インドに流れ込むというのも当時はまだわかって
いなかった。

19世紀後半から20世紀にかけて、伝説的な何人かの探検の結果、ツアンポー
峡谷で未踏破の区間はわずか五マイル、約八キロにすぎなくなった。


ファイブ・マイルズ・ギャップ。
空白の五マイル。
この美しい響きの言葉がツアンポー峡谷にロマンを与えた。


角幡もまた、この五マイルに魅せられた。

2002年。探検家を夢見て就職せずにいた角幡は、二十六歳にして就職が決まった。
入社するまでの半年ほどの時間を利用し、ツアンポーを目指した。
今しかない、と思った。


> 挑戦しないままこの後の人生を過ごしても、いつか後悔する。今考えると、そ
> んなヒロイックな気持ちが当時の私にはたしかにあった。自分でも死ぬかもし
> れないと思う冒険をなぜおこなうのか、その心境を言葉で説明することはとて
> も難しい。人はなぜ冒険をするのだろう。私はなぜひとりでツアンポー峡谷に
> 行かなければならないのだろう。(21頁)


死にそうな目に遭いながらも、角幡はこの探検で空白の五マイルのほとんどの踏
破に成功した。自分の目で確認できなかったのは、距離にして合計わずか二キロ
かそこらにすぎない。
この成果に概ね満足して、帰国した角幡は、朝日新聞社に入社した。

しかし新聞記者を続けるうちに、再びツアンポーへの思いがじわじわと重みを増
してくる。もっと深いところでツアンポー峡谷を理解したい。もっと奥深くへ行
って、どっぷり漬かりたい。もっと逃げ場がない旅がしてみたい。
ついには退職し、再びツアンポーへと向かう。


ところがタイミング悪く、2008年北京五輪とダライ・ラマがチベットに亡命して
五十年目というタイミングに当たり、チベットでは大規模な抗議暴動が起きた。
外国人のチベット入域は極端に制限され、角幡は無許可でツアンポーに向かうこ
とに。


とまあ、ツアンポー探検の歴史と、角幡自身のツアンポー行とが語られ、にわか
ツアンポー博士になれます(笑)。
会社を辞めて無許可で向かったツアンポーでは、またまた死の危険と隣り合わせ。
読みながらぞっとするような危機を迎えます。
この本が出てるんだから、ここで死んだんじゃないよな、生還したんだよな、と
思いながらも読んでてどきどきしましたよ。


そんな「これぞ探検!」な探検記。
これからの時代、こんなオーソドックスな探検記はどんどん珍しくなっていくん
でしょうね。
だからこそ、この本が新鮮なのです。


『空白の五マイル』 角幡唯介