2011年1月2日日曜日

週刊 お奨め本 第427号『引かれものでござい』

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週刊 お奨め本
2011年1月2日発行 第427号
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『引かれ者でござい』 志水辰夫
¥1,600+税 新潮社 2010/8/20発行
ISBN978-4-10-398606-5
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今年最初のオススメ本は、時代小説から。
そういえば2010年の最初のオススメも時代小説でしたね。?田郁の『八朔の雪
 みをつくし料理帖』。ここ数年、時代小説好きなんです(笑)。


さて、『引かれ者でござい』。
『つばくろ越え』の続編、蓬莱屋帳外控シリーズ二作目になりますが、前作を読
まずとも、本書からいきなり読んでも問題ありません。ありませんが、やっぱり
順番に読んだほうがわかりやすくはあります。


蓬莱屋は飛脚問屋。江戸から届け先までひとりで運ぶという「通し飛脚」を考案
して名を売った。ひとりで走りぬく健脚、預かり物を守り抜く信用、飛脚を務め
るのは誰でもよいというわけではない。
蓬莱屋の飛脚の面々がそれぞれの仕事を通して関わったさまざまな土地、事件、
人…。

三篇収録の短篇集。

表題作の「引かれ者でござい」は、尊皇攘夷を騙る悪党浪人連中から放蕩息子の
身代金を要求された多賀屋の使いで、三百両を運んできた鶴吉の話。
「旅は道連れ」では仕事を終えて急ぎ江戸へ帰ろうとする宇三郎が、大雨で氾濫
した川で足止めを食らい、迂回路を求め峠を越えようとしたところ、思わぬ道連
れができ…。
「観音街道」は、むかし蓬莱屋で勤めていた次郎吉をふたたび飛脚仕事に誘うた
めにやってきた治助が、藩に締め付けられる炭焼き衆の反乱に巻き込まれる。

江戸時代を舞台にした小説、という時代小説のくくりのなかで、飛脚である彼ら
は江戸から離れて、地方を走る(『つばくろ越え』のほうでは江戸を舞台の話も
あるのだが)。
町人ではない、武士でもない、本来圧倒的多数であるはずの、農村、山村に生き
る人びとの暮らしをリアルに描く。
百姓も、炭焼きも、浪人も、抜け目なく、したたかに生きている。
ずる賢く、狡猾に、精一杯に、できるかぎりの手を使い、知恵を使い。
虐げられる民衆という姿とは遠い、そのありよう。
新鮮!


そしてなにより魅力なのが、志水辰夫の文章である。
美文であるというのと違い、流麗であるとかそういうこともなくて、むしろハー
ドボイルドな文体であるのは、かつて「シミタツ節」と呼ばれていた頃と通ずる。


ここ数年、めっきり時代小説を読む機会が増えました。
私の年齢がそうさせるという部分も無きにしも非ずなのではありますが、実際、
時代小説に優秀な書き手が増えている気がします。
もちろん、時代小説以外の分野でも、優秀な新人はどんどん登場していて、ベテ
ラン作家も新作をどんどん発表していて、だからつまり、分野に限らず読みたい
本に追われて嬉しい悲鳴を上げ続けている今日この頃であります。

発行人はたぶん、普通の方々よりも読書に充てる時間が多くて、その分たくさん
読んでいて、だからこんなメルマガを出しちゃってるわけですが、当然のことな
がらそれでも個人が読める本の数なんて高が知れてます。ほぼ一日一冊、年400
冊ペースで読んでいるにもかかわらず、読むのに追いつかない新刊の数よ! 読
みたいのは新刊だけじゃないし!
もっともっと読みたい、あれも読みたい、これも読みたい。

私よりもっと読書タイムが限られていて、その分読む本を選びたいと思っている
だろう皆さんに、「この本読んでる時間に別の本読めばよかった、もったいなかっ
た!」という思いをしなくてすむよう、おもしろい本をオススメしていきたいと
思っています。
……その「おもしろい」の基準が、上手くマッチするといいんですけど(^^;ゞ。


発行人の独断と偏見のセレクトが、皆さまのお好みと多少なりとも合いますように!


『引かれ者でござい』 志水辰夫