もし、強靭な精神を手に入れることができたら、
きっと、「したたかさ」も「かけひき」も
いらなくなると思う。
今日も一日味わいつくしましょう。
本日は ◆話題の小説系
月と蟹 道尾 秀介
¥ 1,470 文藝春秋 (2010/9/14)
第144回直木賞受賞作。
主人公は小学生、慎一。父親をガンで失った彼は、母と二人、鎌
倉の祖父のもとへ身を寄せていた。貧しい暮らしだ。
祖父の片足は義足である。漁師だった昔、船の事故に巻き込まれ
たのだ。同じ事故で、慎一の同級生も母親を亡くしていた。
鳴海という。お金持ちで、人気のある女子児童だ。彼女のことが
あるせいか、慎一はクラスに溶け込めないでいた。慎一の友人は
ただ一人、春也という、大阪から転校してきた子供だけだ。
学校が終わると、春也と連れ立って海へ遊びに出かける。彼らの
楽しみは、ヤドカリを捕まえてあぶりだすことであった。ライ
ターの火を近づけて、熱くなったヤドカリが殻から出てくるのを
見て楽しむ。
あるとき二人は、岩の上にくぼみがあるのを見つける。ここでヤ
ドカリを飼うことにした。そこは不思議な場所だった。風が吹く
と岩がうなる。
ヤドカリをあぶって遊ぶ。残酷な楽しみがあった。金がほしいと、
何気なしに言いながらヤドカリをあぶると、ヤドカリは死んでし
まった。その日、二人は五百円玉を拾った。
ヤドカリを殺せば、願いがかなうのかもしれない。慎一はいつか、
ヤドカミさまという妙な名前でヤドカリを呼ぶようになっていた。
その頃、慎一は二つの悩みを抱えていた。親友の春也が、どうや
ら虐待を受けているらしいこと。もう一つは母が、鳴海の父と恋
愛関係にあるらしいということだ。
鳴海も気づいていたようだ。慎一に近づいてくる。やがて鳴海は、
慎一と春也と、三人で岩のくぼみに行くようになった。
鳴海が慎一の家を訪ねる。祖父も母も、普段と違う様子を見せて
いた。祖父は明らかに酒量が増えていた。祖父はあの事故のこと
を語り始める。
祖父は子供の頃、怪我をした友人を捨てて逃げたことがあった。
足をなくしたのはその報いかも知れぬ。
鳴海は逃げた。では母も、悪行の報いで死に至ったのか。祖父は
追い、転倒して頭に傷を負う。
また、鳴海が介在したことで、慎一と春也の仲にも微妙な隙間が
生まれていた。対抗心と独占欲。よどむ感情を抱えながら、二人
はヤドカリをあぶり続ける。その儀式だけが互いを結ぶもので
あった。
慎一は母を尾行する。決定的な瞬間を見た。春也は腕を骨折し、
虐待がのっぴきならぬ状態にまで進んでいた。ヤドカリを殺し、
ヤドカミさまに願いをこめる。
慎一は鳴海の父の死を願った。このとき、慎一は錯乱状態にあっ
た。春也が慎一のため、鳴海の父を殺すのではないかと錯覚する。
救うため、慎一は父が乗った車の前に飛び出した。ヤドカミと
なった春也が、父の車に潜んでいる想像をしたからだ。
慎一は一命をとりとめる。母と二人、鎌倉を去る。
まあくどい。長かった。100ページの短編くらいにしてくれたら
よかったのに、というのが正直な感想。疲れたわ。
ちなみに、表題の蟹というのは、父を奪ったガン(キャンサー)
と、ヤドカリの意味であるようだ。
本日は ◆生活、ほっこり系
島さんぽ 上大岡 トメ
¥ 1,365 角川書店(2010/3/27)
「キッパリ!」の上大岡トメさんが、日本の島をめぐる。イラス
ト入りエッセイ。向かう島は屋久島、沖縄、淡路島、八丈島。
この中で、私が最も訪れてみたい屋久島を、ここでご紹介してみ
ようと思う。
屋久島までは、鹿児島から船か飛行機で行ける。トメさんは着い
てすぐに、レンタカーで島を一周されたのだそうだ。半日ほどで
まわれるようだな。
翌日、縄文杉を見に行く。タオルを首に巻き、シャツは二枚重ね、
ステッキを持って本格的な登山スタイルで。
それもそのはず、縄文杉を見るには、合計往復10時間もの登山が
必要であるらしい。けっこうハードなんだな。
トロッコ線路に伝って歩き、線路が終わると山道になる。急な斜
面であるが、珍しい杉がたくさんあって飽きることがない。
中でも「ウィルソン株」という、樹齢300年の切り株がトメさんの
印象に残っている。中が空洞で、立ったままは入ることができる。
ほかにも二つの木が絡み合うように生えているものもあり、自然
のすごさを感じさせられる道だった。
水は流れているものを好きなだけ飲める。緑がむせ返り、山の精
がいるような気になった。
樹齢1000年を超えるものが、総じて屋久杉と呼ばれるそうだね。
中で縄文杉と呼ばれているものは、樹齢なんと、7200年を数える
と推定されている。
森の中にいると、人間以外の何かがいても、おかしくないと思え
る。
トメさんはそう言う。普段はスピリチュアルなものなどに、そう
興味はないほうだが、屋久島に来て少しだけ考えが変わった。
目に見えない大切なものはいっぱいある。屋久島は、そんなこと
が自然に思えるような場所だ。
行ってみたいなあ。山の中、川のそばにいると、なんだか無性に
うおーってなるときあるよね。(え、ない?)
トメさんは、大昔、人間が森の中で暮らしていた頃の遺伝子が呼
び起こされるような気がする、とおっしゃっていた。わかるわ。
あとは観光案内なんかもある。
この本には、宿の名前とか、レジャースポットの名前とかがたく
さん記されていた。その意味で、旅行記というよりは観光ガイド
みたいな印象が強い本だった。
そこは少し残念。もっとがっつり、著者の考えや目で見たものを
書いてほしかったという思いは残る。
しかし、島巡りってのは面白そうだね。幼い頃から淡路島を見て
育ってきて、海の向こうへの憧れは私のうちにずっとある。向こ
うへ渡って行きたいという原始的な欲求がある。
日本は島がたくさんあるもんね、と、締めようと思っていたけれ
ど、よくよく考えれば本州だって島なんだよね。
島国ニッポン。島の魅力を語る本、以後続刊希望だな。
イライラしてはいけないと強く思っている人ほど
なぜかイライラが増えていくという現象。
まずは
イライラしている自分を受け入れることから。
今日も一日味わいつくしましょう。
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本日は ◆社会派、ドキュメンタリー系
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台湾人生 酒井 充子
¥ 1,650 文藝春秋 (2010/04)
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旅行記ではなかった。読み始めてすぐに「ありゃりゃ」と思っ
たけれど、本を閉じようとは思わなかった。
台湾はかつて日本の統治下にあった。50年という長い年月だ。
その時代を生きた人に会い、聞いた話をまとめたもの。ドキュ
メンタリー映画にもなっている。
統治時代をめったやたらに賛美するものではない。差別はあっ
た。軍国教育を受けて徴兵に応じ、死んでいった台湾人もいる。
だが50年だ。生まれたときには日本人で、そのまま成人した人
が台湾にはたくさんいる。本書に出てくる人たちは、そのよう
な時代を生きた人だった。
少年工として、日本の兵器工場で働いた男性がいる。工場の
あった町を今でも懐かしく思い、第二のふるさとであると考え
ている。当時働いていた日本人とは、今でも交流がある。
彼は貧しい育ちだった。就学を断念しかけたが、日本人の先生
が金を出してくれたおかげで学校に通えた。「先生がなかりし
かば」と、彼は口癖のように言う。今の私の人生はなかった。
恩師が病に伏せたとき、彼は日本まで来て看病をした。先生の
最期の言葉は「もういいよ」だったそうだ。
ビルマで戦った元日本兵がいる。軍国少年だったから、軍隊に
は自ら志願した。軍での差別、戦友の死を見て、やはり戦争は
いけないと思う。
なんとか帰国することができた。帰国後の暮らしは厳しいもの
だった。
台湾は中国に占拠されていた。同胞が来たと、喜ぶ声も確かに
あった。だが中国人の統治は横暴で、次第に日本のほうがまし
だと考えるようになった。
暴動が起きた。このことがきっかけで、多くの知識人が逮捕さ
れ、殺された。彼も拷問を受けた。危うく助かったが、弟が銃
殺されるという悲劇を経験した。
今彼は、観光ガイドのボランティアとして活動し、若者に本当
の歴史を伝えようと務めている。日本人が来ると、教育勅語を
印刷した紙を手渡すのだそうだ。
日本人には親しみがある。だが日本政府には納得がいかない。
戦後台湾を見捨てた。今も中国の顔色ばかり見て、台湾の国連
加盟を後押ししてくれない。
彼らの日本に対する感情は、陳腐だけれど、愛憎半ばというこ
となのだろうかと考える。
茶道も生け花も、日本人の若者よりも知っているという自負が
ある。好きな歌は日本の歌。勇ましい軍歌が好きで、日本語の
歌詞ですらすらと歌う。
しかし日本は彼らに報いなかった。捨てられた、なぜ捨てたの
だと責める気持ちが消えない。
アメリカよりも、中国よりも仲良くすべきは日本だと思うのに、
台湾人も日本人も、かつて同国であったことを忘れ去ってし
まっている。歯噛みするような思いがある。
押し付けがましい思想はないので安心して読める。知らないこ
とがたくさんあって、とても勉強になった。
本日は ◆自己啓発系
禅的シンプル仕事術 枡野 俊明
¥ 1,260 実業之日本社 (2010/5/8)
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昨年読んだビジネス書で、「減らす技術」というのがとてもよ
かったので、類似の本かと思って読んでみた。
ところがちょっと違っていて、どちらかというと、小池龍之介さ
んの著作に似ていると思った。小池さんも、この本の著者もお坊
さんである。
キーワード一つに対して解説あり。とても読みやすい。煮詰まっ
ているときにふっと開いて、気分転換ができそうな本だった。
・ていねいに呼吸する。
禅において呼吸は、最も大切な修行のうちのひとつである。丹田
(おへその下の辺り)に意識を集中させて、ゆっくり、長く細く
息を吐く。
吐ききったら自然に吸いたくなる。呼吸という言葉は、吸うより
も吐(呼)くという字が先に来ている。どっしりとした呼吸をく
り返していると、気持ちが落ち着いてくる。
・ためない
「一日なさざれば、一日食らわず」という言葉がある。働かざる
者食うべからず、という意味ではない。
一日を一生懸命働いて、その日の分の食事をする。二日分働くこ
とはせず、二日分食うこともしない。それが人間にとって、一番
健康なことだ。
・一日10分、ぼーっとする。
一度やってみてほしい。案外難しいことに気づくだろう。
何も考えない状態。禅では「無の境地」といい、この状態を得る
ために、僧侶は厳しい修行に取り組む。
私たちにその必要はないかもしれないが、頭を休めることは大切
なこと。座禅を組むのもいい。
・ことなる意見に耳を傾ける。
境内に僧侶が二人。幡(吹流し)を見ながら言い争っていた。
「幡が動いているのではない。風が動いている」
「いや、幡そのものが動いており、風は動いていない」
そこに現れた師が言った。「動いているのは風でも幡でもない。
お前たちの心だ」
世の中にはこれが正しいと、言い切れることはない。物の見方は
さまざま。すべてを一度受け入れ、自らの心に問い直してみよう。
レオ・バボータさんの「減らす技術」は、仕事をいかにシンプル
にするかという、ビジネス書寄りの本だった。その意味で「禅」
が本当に理解されているのか、疑問だったのは確か。
とにかくその作業に集中すること。無駄なものを削ること。
このことを荒削りに「ゼンっつったらゼンなんだからね!」と、
言い切ってしまっていたかもしれない、と今になってはわずかに
思う。
それに比べて今度は本当に「禅」だった。心構えを書いたもの。
字、大きめ、レイアウトがきれい。読みやすい。カバーデザイン
もシンプルで、ちょっと固めの手触りもよろしい。(本屋さんで
見つけたら、ぜひなでなでしてやってね)
忙しい毎日を送っている方に。
本日は ◆生活、ほっこり系
チュートリアル福田充徳の家呑みレシピ 福田 充徳
¥ 1,365 ワニブックス (2010/2/27)
福田さん、早く良くなってね!
というわけで、本日は話題性もたっぷりのこの一冊。漫才コンビ、
チュートリアル福田充徳さんの、自慢のレシピを集めたもの。
実はこの福田さん、お酒がものすごく好きなのだそうだ。ほぼ毎
日飲んでいる。家で飲むのも好きで、あわせるお料理もご自身で
作っている。
簡単にできるものが多い。凝っているわけではないが、手抜きで
はない。家庭でマネできるものばかりだった。
・豚キムチフライ
豚の薄切り肉にチーズとキムチを巻いて、パン粉をつけて揚げる。
・ちくわのバジルツナマヨ
ビニール袋に水気を切ったツナ、バジルペースト、マヨネーズを
入れる。
袋のはしを切って、中のバジルツナをしぼり出すようにしてちく
わの中に入れる。ちくわを斜めに切って皿に盛る。
・イカ刺身の大根おろしマヨネーズ和え
大根おろしは水気を切る。大根おろし、マヨネーズ、イカの刺身
をボウルで和える。醤油で味を調えて。唐辛子をふるとよい。
・レタスの丸ごとしゃぶしゃぶ
レタスは芯をくり抜く。お湯をわかし、塩と酒を入れる。レタス
を丸ごと入れてさっとゆでる。ゆですぎないように。
たれは醤油、バルサミコ酢、みりん、酒、水を混ぜて熱したもの。
片栗粉でとろみをつけて。
・トマトと卵のザーサイ炒め
トマトは乱切り、種をとる。ザーサイは粗みじん。溶き卵に塩、
コショウをふっておく。
フライパンにごま油、トマト、ザーサイを炒め、醤油、紹興酒、
コショウで味を調える。卵でとじてできあがり。
福田さんいわく「ちょっと良さげな店ではイイ値段とるんですよ」
というメニューなのだそうだ。
・うなぎのピカタ
うなぎは小麦粉をふって、溶き卵にくぐらせる。フライパンで焼
いて、うなぎのたれをかけて食べる。少ないうなぎでも満足感が
得られる一品。
男性が作る料理はがっつり、ジャンクなものが多くなりがち。福
田さんは、鍋物やスープで栄養バランスを整えています。
・いろいろきのこ汁
だし汁に薄口醤油とみりん。お好みのきのこに鶏肉を入れて。
ほか、サムゲタンも作る。トマトスープも好き。豚汁にはコチュ
ジャンを入れて辛味をくわえるとおいしい。
福田さんの料理のルーツはあの「美味しんぼ」。小学校高学年の
頃にはまり、一時は料理人を夢見たこともあったとか。
スーパーが好きで、住居を決めるときは必ず近くのスーパーを確
認する。遅い時間に行って、食材がお値打ちになる時間帯がとて
も好きなのだそうだ。ツナ缶、納豆、さけるチーズなどを家に常
備している。
一人で飲むことは寂しいことだとは思わない。好きなものを食べ
て、好きなように飲める。いいことだと思う。グルメ番組をぼん
やり見ているのが好きだ。
ご家庭で、おつまみを作ることが多い人には便利な一冊かもしれ
ないな。
しかし、飲み過ぎにはご注意。元気な福田さんの笑顔を、早く見
られますように!
本日ご紹介の本はこちらから↓
チュートリアル福田充徳の家呑みレシピ
あらすじ
女たちはいつでもちょっと不思議で、そしてそれぞれに魅力的だ。
どしゃぶりの雨の一日から始まって、ひたすら僕の家でじっとしていた女。
中学生の時に初めてデートした女の子。
公衆電話でのちょっとしたすれ違いから僕と寝るはめになった女。。
とりたてて変化のある訳でもない僕の人生を彩ってくれた様々な女たちの
エピソード11編。
コメント
これ、確かドラマにもなってたよな。
と思い手に取った一冊。意味はよく分からんが、何となく肌触りがよくて
魅力的なタイトルだと思う。
ほほう、ふふん。なるほど。なぬ!?・・と言う感じで、11篇の短編を
あっという間(1.5時間)で平らげてしまいました。
男にとって全ての女性は永遠に謎を秘めた存在なのだけれど、それを実に
さらりと手際よく料理したよなあという感じの一冊。
読みやすさ満点なので、秋の夜長にウイスキーでもちびちび飲みながら読
むと良いですよ。
昔のことをちょっと思い出すかもしれません。。
了。
0点→途中リタイア。読むことが苦痛。出会ったことが不幸。意味が分からない。
1点→なんとか最後まで読んだが、時間のムダだった。つまらない。
2点→可もなく不可もなし。ヒマつぶしにはなったかなというレベル。
3点→難点もあるがおおむね満足。この作者なら他の作品も読んでみたい。
4点→傑作。十分に楽しんで読めた。出会えてよかった一冊。他人にもすすめたい。
5点→最高。とにかく良かった。人生の宝物となる一冊。
※ 小数点は、上記点数の間であるとご理解下さい。
米澤穂信のミステリです。
今まで現代日本を舞台にした作品ばかりだった米澤穂信が、十二世紀末のヨーロ
ッパを舞台にしているという、それだけで仰天。しかも、ページを開いてみれば、
そこは魔術や呪いが存在する世界。いったいどんな物語が始まるのか! わくわ
くして読みました。
そんなわくわくを裏切りません。
イングランドの王位争いがリチャード王の王位就任によって決着したのも束の間、
リチャード王は十字軍に遠征に出、イングランドに国王不在が続く不安定な時代。
ロンドンから海路三日はかかるソロン諸島。
小ソロン島とソロン島からなるこの地の、領主はローレント・エイルウィン。小
ソロンに居を構える。小ソロンとソロン島の間の海は浅瀬が多く、島でただひと
りの渡し守でなければ渡れない。その渡し守も日が落ちてからは舟を出さない。
夜の間は誰も入り込むことはできないはずの小ソロン。
ある日、騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士ニコラ・バゴが領主を訪ね
てくる。
暗殺騎士が領主を狙っている。その暗殺騎士を我々は追っているのだと。
その晩、領主は小ソロンの館の一室で健で胸を突かれて殺される。…
領主の娘、アミーナは、ファルクとニコラとともに、犯人を追う。
この物語の世界には、魔術がある。呪いがある。
呪われたデーン人。切っても突いても血さえ流さず、食物も飲み物も不要、老い
ることはなく、爪も髪も伸びない。デーン人がソロンを狙っている。
暗殺騎士は、魔術によって人を操り人形《走狗(ミニオン)》にして、殺人を犯
させる。《走狗》は自分が魔術にかかったことに気づかず、人を殺した記憶もな
い。
もちろん、魔術がある世界だからといって、魔術のひと言ですべてが説明できて
しまうような非論理的なことはありえない。
なんといっても米澤穂信だし。
むしろ、こういう特別な設定の特殊世界だからこそ、ルールがはっきりして、論
理性が際立つともいえる。
> 「何も見落とさなければ真実は見出せる。理性と論理は魔術をも打ち破る。必
> ず。そう信じることだ」(100頁)
設定こそ魔術が跋扈する中世ヨーロッパだけれど、実は正統派本格推理。
実際、終盤には名探偵物のお約束、「名探偵 皆を集めてさてと言い」シーンも
あるし(笑)。
こういう特殊設定ミステリというと、私は条件反射で西澤保彦を思い出します。
『七回死んだ男』『人格転移の殺人』『瞬間移動死体』etc…
大好きなんですよ!
本書のあとがきでも、米澤自身、西澤保彦に触れています。ちょっと嬉しい。
ファンタジー風味の本格ロジック。
おいしいとこどり。
ところで、今週のメルマガは、どっちを紹介しようかとかなり迷ったのです。
この本と、木内一裕の『キッド』と。
『キッド』は、二十歳のあんちゃんがついつい首を突っ込んでしまった事件に
振り回されるジェットコースターノベル。すっごくテンポがよくて、面白くっ
て、軽快で、とにかく爽快! すかっとしたぁ!
よろしかったらこちらも是非!
お正月のような長期休暇は、少し分厚い本を読む事にしている。
電車の中で単行本を片手にして読むのは手が疲れ、薄めの文庫本がありが
たい。
しかし長期休暇は家でゆっくり読め、特に長風呂の大好きな私は本や簡単
な料理を持ち込んで一時間以上風呂に浸かるのが楽しい。
大好きな南條範夫を半年以上御無沙汰にしていたのに気付き、単行本と新
書判の中間くらいのサイズの本書を手に取った。
南條氏が日本史の数々の謎を採り上げ、更に真説を披露する。
考えただけでもワクワクする構成の題名。
大和朝廷から明治維新まで全39章と、書名に偽りはなかったが、期待した
ほどの真説は無かった。
そう、真説。
新説では無いのだ。
日本史の数々の謎を提示した本は多い。
そして俗説や一般に流布された話をした後、実際はこうだったと説明が入
る。
しかしあくまでそれは「真実の」説=真説であり、「新しい」説=新説で
はないのだ。
歴史初心者や中級者には勉強になろうが、歴史本を何十年と愛読してきた
人にとっては、謎も知ってりゃ真説も大体聴いた事がある。
ときどき南條氏ならではの視点と考察が面白いが、大体はフンフンなるほ
どと読む内容が多かった。
そうは言っても敬愛する作家南條範夫。
彼がこれまで書いてきた得意分野では滅法筆が走ってるのが判った。
源鎮西八郎為朝、真田幸村、没落した武将のその後、西郷隆盛と伊藤博文。
上記については特に著者独自の知り抜いた情報が開陳され、内容も深かっ
た。
少しディープな人物として、光厳帝のその後を追った内容は初めて読んだ。
福山城の「淀殿の湯殿」事件も私にとっては初ネタで面白かった。
他にも宮本武蔵・二刀流の真相や、坂本竜馬暗殺犯の考察など、他の作家
とはちょっと違う内容も多々あった。
もっとも意気込んで展開した真説は、西郷隆盛についてだろう。
これはなかなかの真説だと思った。
本日は ◆話題の小説系
ミステリーの書き方 日本推理作家協会
¥ 1,890 幻冬舎 (2010/12)
なぜこんな本を読んだのか、自分でもわからないんです。だって
あたし、普段からミステリーなんて、そう読まないんですもの。
もちろん書く予定なんかもぜんぜんないわ。刑事さん、私の中の
虫が騒いだんです。たるんだ腹の中にいる、活字中毒の、虫。
手にとって、面白かったから読んでしまった。まるで光におびき
寄せられる虫のように。ハッ、わかったわ。私、虫なのね、虫並
みの脳みそしかないということなのねサヨウナラ刑事さん…。
と、まあ、崖から身投げしてもいいくらい、不思議なチョイスだ
と自分でも思う。でも面白かった。だからいい。
現代日本を代表するミステリー作家137人が、創作に対する思い
を語っている。
テーマはそれぞれにある。プロットの立て方だとか、キャラク
ターの描き方だとか。文体についての意見もある。しかし私の印
象としては「好き勝手しゃべってるなあ」という思いが強い。
皆書くことが好きで、こだわりを持っていらっしゃる。そのこだ
わりを、余すところなく語りつくしたのが本書と言っても過言で
はないだろう。二段組、480ページ。圧巻。
例のごとく独断と偏見で、コメントを取り上げてみる。
・冒険小説の取材の仕方 船戸与一
ストーリィもプロットも決めずに現場へ行く。写真も撮らない。
メモも不要。書くときも、完全に物語を決めて書き始めるわけで
はない。
取材の旅で出会った人たちをデフォルメした登場人物が、こうし
てくれと語りかけてくる。
・ブスの視点と気持ちから 岩井志麻子
世の中には四種類の人間がいる。1、人から好意を向けられてい
て、気づく人。2、気づかない人。3、人から好意を向けられて
いないことを、気づく人。4、気づかない人。
小説家に向いているのは3のタイプの人ではないか。
・書き出しで読者をつかめ 伊坂幸太郎
アマチュア時代に書いた文を例として。冒頭で読者を驚かせるこ
とに腐心した。本屋にずらりと並ぶ本の中で、自分の本を手に
とってもらえる工夫がしたかった。誰かに届けたいという思いが
ある。
・手がかりの埋め方 赤川次郎
ミステリーを書いて一番苦労するのは、トリックや、どんでん返
しを考えることではなく、手がかりをいかにして、読者の目につ
かないように、かつ記憶の隅にとどまっているように書き入れる
のか、ということ。
本当に、どの作家さんもプロットにも、トリックにも、文章にも
思い入れを持っていらっしゃる。「!」や「?」、「…」の使い
方にも、それぞれの個性があった。ミステリーファンなら読んで
損なし、の一冊。
トリックについての解説、綾辻行人さんのは、私にはよくわから
んかったけど、マニアックで面白い雰囲気はビシバシ伝わってき
たよ。
では最後に、帯に書かれている、東野圭吾さんの名言を。
「どうやって作品を生み出しているのか。一言で言えば、苦労し
て、です」
だよなあ! みなさま、楽しい作品をありがとうございます!