2011年2月14日月曜日

第352冊 池上彰「そうだったのか!アメリカ」

乱読! ドクショ突撃隊♪    第 352 冊

【1】読書感想 (第352冊)
  
池上彰  「そうだったのか!アメリカ」  集英社文庫

TVで大人気になった池上彰。
文庫本でも彼の本がズラリと並んでいるので、一冊読んでみました。
ほんとは「そうだったのか!中国」を読みたかったんだけど、アメリカから
おさらいした方が勉強になるかなと思った次第。

丁寧すぎる文体で、分かりやすく書かれているゆえ、かえって頭に入って
こない。
読みやすいので文章をズンズン読み進んでいくのだけど、しっかり理解して
進んではいない。
なんとなく分かったような気はするし、章の最後で「まとめ」まであるので
要点は抑えられるが、細かいところは記憶に残っていない。

私自身の好みとしては、もう少し硬い文体の方が好きです。
本をあまり読まない人、ほんとにアメリカについて基礎から知りたい人に
とっては良いかも。
ヘタに所々知ってると端折ってしまって、初心に帰ってじっくり読む人の
方が身につくのかもしれない。
さすが頭の良い人が書いただけあって、章立てはなかなか。

第1章:アメリカは宗教国家だ
第2章:アメリカは連合国家だ
第3章:アメリカは「帝国主義」国家だ
第4章:アメリカは「銃を持つ自由の国」だ
第5章:裁判から見えるアメリカ
第6章:アメリカは「移民の国」だ
第7章:アメリカは差別と戦ってきた
第8章:アメリカは世界経済を支配してきた
第9章:アメリカはメディアの大国だ
オバマ以降のアメリカ

アメリカの出発点から始まって、開拓や独立、戦争や差別など歴史をなぞ
りつつ諸問題をテーマに据えて章立てしていく。
知らない事もたくさん読めたので、一読するのは悪くなかった。


そうだったのか!アメリカ

2011年2月13日日曜日

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

昨日の自分とばかり競争していたら、

他人と競争するのを忘れてた。


愉しむことに集中していたら、

自分と競争することも忘れてた。

今日も一日味わいつくしましょう。

週刊 お奨め本 第433号『体のいいなり』

週刊 お奨め本
2011年2月13日発行 第433号

『身体のいいなり』 内澤旬子
¥1,300+税 朝日新聞出版 2010/12/30発行



先週に引き続いて、病気ネタ。
闘病記…というよりは、内澤旬子の病気エッセイって感じかな。

内澤旬子は、2007年6月10日発行の本メルマガ第241号『世界屠畜紀行』の著
者です。『世界屠畜紀行』といい、『東京見便録』『東方見便録』(内澤がイ
ラスト担当)といい、現地取材重視の突撃タイプっぽいので、てっきり健康が
自慢、という人かと思ってました。
ところが。


> 生まれてからずっと、自分が百パーセント元気で健康だと思えたためしが
> なかった。
> 胃酸過多、腰痛、アトピー性皮膚炎、ナゾの微熱、冷え性、むくみ、無排
> 卵性月経など、「病気といえない病気」の不快感にずっとつきまとわれて
> 来た。(5頁)


そのうえ、38歳にして乳癌の宣告。
数々の持病(病気といえない病気とはいえ)のうえに、キング・オブ・病気の癌。
さぞや悲愴感あふれた壮絶な闘病記が…! と思いきや。


> それが不思議なことに癌の治療中からすこしずつ元気になり、今ではギリギリ
> とはいえ、どこも痛くも痒くもなく、夜は熟睡、朝の目覚めはすっきり、買物
> にだって気軽に出かけられるという、健康な普通の人には当たり前のことだが、
> 自分にとっては信じられない、夢のような日々を送ることができるようになった。
(5頁)


癌で元気になった!?
いや、元気の理由はもちろん癌じゃありません。
オチを言ってしまえば、癌治療の副作用があまりにひどくて、藁をもつかむ思い
で始めたヨガで、体質改善されたようなのだ。
しかしそもそも癌にならなければ、ヨガも始めなかった。
すべてはつながっている。


それにしても内澤旬子、あきれるほどの病弱ぶりです。
特に、腰痛とアトピー。
なのに海外を歩き回り安宿に泊まる。
腰にコルセットを巻き、重いリュックを背負い、安宿のベッドは腰に悪いからと
床に寝る。口紅を塗れば唇の皮が一枚?ける。合わないシャンプーを使ったとき
は涙が止まらなくなり、かゆみに耐えかねて寝ているあいだに掻いた目頭がパッ
クリ裂ける。
…悲惨。


というような持病の歴史と、癌に罹患して入院手術の体験、さらに手術後の現状
の報告記。
その間、繰り返し、おカネの問題が出てくる。


おカネ!
これは問題だ。
最近でこそ「癌になったらいくらかかるか」といったような書籍も目に付くよう
になったけれど、ひと昔前までは金銭問題は避けて通られていた気がする。
だいたい十万円以上の金額がかかるものに事前の見積もりもなにも無しで、問答
無用で払わせるってのは、考えてみたらすごいことだよな。

で、内澤旬子はなにかにつけ、カネに苦しむ。
リアルだ。
人間、生きていくにはカネがかかる。
病気になったらさらにかかる。しかも病気で働けなくなったりしたらおおごとだ。
発行人、生命保険見直そうかなと真剣に考えてます。

内澤の人生観、女性性との向き合い方等、他にもいろいろ読みどころいっぱい。
特に乳房に対する女性と男性のあまりの感覚の違いにはびっくり。この辺はでき
れば皆さんの感想を聞きたいところだ。

身体のいいなり』 内澤旬子

2011年2月12日土曜日

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

もし悩むとしたら、

ひとつのことを

3年以上やり遂げた後で悩もうかな。

今日も一日味わいつくしましょう。

第351冊 宮部みゆき「東京下町殺人暮色」

乱読! ドクショ突撃隊♪    第 351 冊


【1】読書感想 (第351冊)
  
宮部みゆき  「東京下町殺人暮色」  光文社文庫

この本も数年前に読んだのに感想書かず、書こうと思ったら内容丸忘れ。
今回再読したが、中盤まで全然思い出せなかった。

主人公の中学生が、両親が離婚して父親に引き取られている。
母親は医者と再婚していて、父は平刑事なのに家政婦を雇うという不思議
な設定。
思春期の男子が、両親離婚・母再婚・家政婦が家に居る、という設定なら
屈折した少年になってこそリアリティが出て面白い流れになるのに、この
主人公はどこまでも少年探偵団みたいでイイ子ちゃん。

お母さんを懐かしがることもなく、父を恨むでもなく、近所で起こった
事件に首っ引き。
刑事の子だからね、と宮部女史は言いそうだが、少年の中では近所の事件
より自分の悲劇の方が余程大きいんじゃないかと思うんですけど。

結論として、設定や主人公自体に共感できない。
しかもミステリもあまり感心できない。
著者31歳の時の若書きと聞いて、ようやく感心できた次第。
31歳の女性が描いた中学生の少年、まったく描けていない。


東京下町殺人暮色

2011年2月11日金曜日

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

日本人はほとんどが、

江戸時代の殿様よりも贅沢だ。


なぜ身の回りにある

ありがたさを

忘れてしまうのだろう。


今日も一日味わいつくしましょう。

第350冊 池波正太郎「鬼平犯科帳11」

乱読! ドクショ突撃隊♪    第 350 冊

【1】読書感想 (第350冊)
  
池波正太郎  「鬼平犯科帳11」  文春文庫

鬼平は面白いと書きつつ、前巻10巻を読んだのは昨年9月、
あれから4ヶ月も経っている。
もう少しテンポを上げた方がいいね、池波正太郎はこの鬼平だけにあらず、
剣客商売や梅安、真田太平記と大シリーズや大作が待っている。
少年時代司馬遼太郎で歴史小説に入門した者にとって、池波の酸いも甘い
もな世界はとっても楽しい。
4ヶ月ぶりとはいえ数ページ読み始めただけで、すぅっと鬼平の世界に
戻っていく。

「男色一本饂飩」「土蜘蛛の金五郎」「穴」「泣き味噌屋」「密告」
「毒」「雨隠れの鶴吉」の全7編。
初っ端の「男色一本饂飩」はドキっとする題名だが、実際の内容もかなり
きわどい。
歴史時代小説と男色は切っても切れないテーマで、戦国・江戸期は男色・
衆道が盛んだった。
武家ほどその傾向が強く、男色を絡めた作品も自然と多くなる。
本編ではサブキャラとして重要を成す兎忠が男色を狙われ危機を脱せるか?
とハラハラドキドキ。
鬼平は兎忠の操を信じてやるが、どうとでも取れる描き方をしてしまって
いる池波先生の容赦なさが怖い。

「土蜘蛛の金五郎」では、二人の「鬼平」が戦うという、ちょっと映像を
意識しすぎた面白作品。
ドラマ受けを想定して描かれたような気がするが、実際のドラマで是非
観てみたくなるシーンが出てくる。

冒頭の男色はお笑いで済ませられても、「泣き味噌屋」は悲惨の限りを
描いている。
愛する新妻を陵辱された泣き味噌な武士が、死んだも同然の気持ちで悪党
を一刀両断する話。
悪党は叩きのめし泣き味噌な汚名は晴らせるが、死んだ妻は帰ってこず、
後味の悪い作品も淡々と混ぜている。
極悪非道集団を取り締まる火付盗賊改め方に身を置いている、男達の戦慄
が実に伝わってくる作品が挟まれることで、鬼平の厳しい環境が作品をよ
りリアルに仕上げていると思われる。

2011年2月10日木曜日

本のご紹介です。漂砂のうたう

これであなたも読書通!話題の本をほぼ日刊でご紹介


本日は ◆話題の小説系


漂砂のうたう  木内 昇
¥ 1,785  集英社 (2010/9/24)


第144回芥川賞受賞作。

いやしかし、時代小説を書く人の頭って、どんな作りになってる
んかねえ。頭の中にずずずらーっと、書架か資料棚でもあるんだ
ろうか。

描写が緻密で、ほの暗い遊郭の世界にぐぐっと入り込むことがで
きた。至福とはこのこと。

時は明治、江戸幕府が倒れて10年が経った頃。主人公の定九郎は、
根津遊郭の立番として働いていた。見世にあげる客を検分する仕
事である。もともとは武家の次男坊だった。

龍造という男がいる。巌のような規律の男で、見世の一手を取り
仕切っている。嘉吉、これは下働きだ。顔中に醜いあばたがあっ
て、何かと劣等感にさいなまれている。

ポン太なる噺家も登場する。滑稽な語り口で現れ、物語を進めて
行く役割を担う。遊女は芳里、小野菊。

定九郎は芳里のことを「とんび」と評している。売れない遊女だ。
客がつかないため、古株なのに粗雑な扱いを受けている。対して
小野菊は彼が働く遊郭の稼ぎ頭。気風がよく、どこか気品を感じ
させる彼女には、足しげく通ってくる上客がついていた。

遊郭の町の描写が続く。そこには堵場も開かれていた。働く男衆
から金を巻き上げるための店だ。

物語が動き始めるのは中盤以降。堵場を預かっていた山公が、出
奔する辺りから、がぜんお話が盛り上がり始める。

山公は長州の出身だった。農民であったが、積もるものがその心
にあった。西郷隆盛が首謀となった、西南戦争に加わるため堵場
を抜ける。

定九郎はあせる。山公は自分の居場所を求めて旅立った。

しかし彼は、未だ遊郭を居場所と定められていない。武家の生ま
れだ。維新がなければ進むべき道はおのずと決められていた。な
のに今、地獄のような遊郭町で自分はいったい何をしているのだ
ろう。

そこにつけこんだのがヤクザ者の吉次だ。売れっ子の小野菊を、
吉原に引き抜こうというのである。遊女の引き抜きはご法度だ。

だが定九郎はその手引きを引き受けてしまった。どうやらほかに
も、内通者がいるようだ。龍造の厳しい監視を逃れ、定九郎は小
野菊を逃がす手段を画策する。

機会が訪れる。小野菊が道中をやるというのだ。そのさなかに、
決定的な恥をかかせてしまえば小野菊はここにいられなくなるだ
ろう。

定九郎はポン太の噺を思い出す。嫁入りの夜、着物が破けて笑い
者になった娘の話だ。内通者と口裏を合わせ、道中の失敗を算段
する定九郎。

ポン太の噺にはこんなオチがついていた。恥をかかされた娘は、
将来を悲観し身を投げて死ぬ。では小野菊は。

道中の途中に逃げ出した定九郎だが、恐ろしくなって再び遊郭に
戻る。果たして、彼の算段は成功してしまっていた。小野菊は泣
く。暗い仕置き部屋に閉じこもって、誰にも会いたくないのだと
言う。

定九郎は思う。小野菊に恥をかかせてやりたかった。それは、こ
の地獄の一丁目のような場所で、小野菊が美しく笑っているせい
である。小野菊は己の居場所をわきまえ、そこに立つ気概を持っ
て生きていた。

では自分はどうなのか。自分は生簀の中の魚、水の中の砂だ。沈
み込み、取り囲まれ、自由になることができない。そもそも武士
であった定九郎には、近年ささやかれるようになったこの「自由」
の意味がわからないのである。

ポン太が諭す。いわく、水底の砂粒だって、ひそやかに動いてい
る。表から見えぬようでも、確実に砂はうごめいている。


めっちゃ面白かった。濃かった。おかげで寝不足になり、翌朝の
支度に支障をきたすほどでした。

今回の四作品、勝手に例えてみるとこんな感じ。(読んだ順で)

月と蟹、コッペパン。きことわ、飴細工。苦役列車、豚汁。漂砂
のうたう、豪華具材入り炊き込みご飯。

長い時間楽しみたいなら漂砂のうたう、三連休を前にして、おす
すめだいっ。

漂砂のうたう

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

心底やりたくないことからは、

逃げていい。

今日も一日味わいつくしましょう。

2011年2月9日水曜日

本のご紹介です。軽くて深い 井上陽水の言葉

これであなたも読書通!話題の本をほぼ日刊でご紹介



本日は ◆自己啓発系


軽くて深い 井上陽水の言葉  齋藤 孝
¥ 1,575  角川学芸出版 (2010/4/21)


いろんな名言集を読んできたけど、これはまた、格別に新鮮で面
白かった。井上陽水さんの言葉を齋藤孝先生が解説したもの。

いわく陽水さんは「音楽界のニーチェ」なのだそうだ。独特の美
意識を持ち、ありきたりのことは言わない。その言葉は鋭く、異
彩を放っている。人と共振はするが、馴れ合うことはなく、どこ
か孤高の存在である。

齋藤さんが感銘を受けたのは、陽水さんがサングラスをかけてい
る理由をこう、答えたからである。

「たとえばいかがわしい場所で人間の道をきわめるため」

サングラス一つで、これだけ深い言葉をつぶやける人が、ほかに
いるだろうか。

「傘がない」という歌をご存知だろうか。「都会では自殺する若
者が増えている」という、あまりにもショッキングな歌詞で始ま
る歌だ。

だが陽水さんはこう歌い上げる。「だけど問題は今日の雨 傘が
ない 行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ」

この歌を、陽水さんは「天下国家より目先の女って歌ですから」
と語る。浅間山荘事件があったその年に発表されたこの歌で、彼
は政治よりも色恋だと語っている。ほかのミュージシャンとは、
別の角度から世の中の悲哀を見たわけだ。さすが。

いつも剥離し、隔絶はしない。こんなことも言っている。「逆
らってはいけない 合わさってもいけない」 奥田民生さんとの
共作「手引きのようなもの」の歌詞の一部。

私がいいなと思ったのは、こういった力の抜き方だ。

「(作曲も)ふすま貼りと同じ。一種の仕事にすぎない」「100
書いて、いいのが一つあるかどうかだから、いっぱい書くことが
大切」

日々の仕事に向き合ったとき、過剰な期待を抱き、そしてそれに
押しつぶされそうになることはないだろうか。

陽水さんの仕事は歌を作ること。クリエイティブな仕事なんであ
る。でもその仕事に対しても「淡々と、手馴れてくるまでこなす
しかない」とおっしゃっている。

りきみ仕事になって、かえってだめにしてしまうことがある。そ
うなりそうなとき、ふと思い出したい言葉だ。日々を淡々と、誠
実にこなすこと。

「大変な目に遭っている人は大体いいですね」

陽水さんは、その四十代を「真綿で首を絞められるような」気持
ちで過ごしたのだそうだ。がむしゃらに仕事をして、無理がた
たって倒れた。

精神的に病んでしまうのは困る。「兼ね合いですかね。でも四十
代には泣いていただかないと」 そこをくぐり抜けた強さ、しな
やかさというものが、後の人生に深みを与える。

苦労は買ってでもせよと言う。辛いことの後には、素晴らしい世
界が開けているとも考えられる。説教くさくはならず、さらりと
言えるのが陽水さんのすごさ。

あと、言ってみたいのがこの言葉だ。難易度が高そうだけど。

「謙虚、謙虚でやってまいりました」

四十周年スペシャルサンクスツアーで語られた言葉。人を食って
いて、なかなか味わいがある。陽水さんのあの声、しぐさで言う
から素晴らしいんだろうなあ。


齋藤先生の解説がまた面白かった。意味がなさそうである、あり
そうでよくわからない陽水さんの言葉を、こういう風に解釈する
のかと、気持ちが新たになる思いだ。

齋藤先生も、ふすま貼りの言葉がとてもお好きなのだそうだ。ご
著書を多く書けたのは、この言葉のおかげだとおっしゃっている。

力まず、こつこつ。凡人としてはぜひ、見習いたいところ。

軽くて深い 井上陽水の言葉

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

冒険するリスク。

しないリスク。

今日も一日味わいつくしましょう。

2011年2月8日火曜日

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

何気ないひとことで、

人生が変わることがある。

今日も一日味わいつくしましょう。

本のご紹介です。逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録

これであなたも読書通!話題の本をほぼ日刊でご紹介



本日は ◆世間話、時事ネタ系


逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録  市橋 達也
¥ 1,365  幻冬舎 (2011/1/26)


イギリス人女性を殺害した犯人、市川達也被告の逃亡記。

三月二十六日、午後九時か十時頃。彼は外出しようとマンション
の部屋の外に出て、私服の警官に囲まれていることを知った。逃
げる。非常階段を降り、住宅地に潜み、包囲を逃れることができ
た。

靴は脱げ、はだしだった。上着もなかった。現金だけを抜き取っ
て、財布は川に捨ててしまった。逃亡が始まる。

都内をふらふらと歩き続けた。後、電車で青森へ。仕事がないこ
とを知り、関西へ逃げた。頭の中に「死国」という小説のことが
あった。四国のお遍路道をたどれば、死者をよみがえらせること
ができると書かれていたように思う。四国へと渡った。

巡礼にまぎれて、四国を回った。歩く、歩く。ひたすら遍路の道
をたどり、あるとき、ビワ畑のビワを盗んで食べた。甘かった。
途端、現実に返る。どれだけ歩いても、死者が生き返るはずなど
ないのだと悟った。

フェリーを乗り継いで沖縄へ。この頃、女性の家族が来日すると
ラジオで聞いた。申し訳ないと思ったが、「誰だって逃げる」と
自分に言い聞かせていた。

ある島に渡った。彼はこの後も、何度もこの島を訪れている。魚
を釣り、植物を食べ、ひっそりと生きた。蛇を食べたことも。

仕事をしようと那覇へ向かった。三十歳ひきこもり。勘当された
とうそをつき、建設現場で働いた。緊急連絡先にと書いた住所に
不備があり、怪しまれる。手配書も怖かった。そこからも逃げた。

島へ戻り、そこから再び関西へ。

西成で、解体の仕事にありついた。ここでは笑ってばかりいた。
そうすれば、人間関係はうまくいく。へらへら笑い続けていたの
で、上からものを言われることがあった。そんなとき、キレてし
まう。そういうところがよくないのだと思う。

いろんな人に出会った。こういうところでは、皆素性を詮索はし
ない。借金を断るすべ、表面上のやり取りを続けるやり方。いろ
んなことを学んだ。現金はすべて腰に提げたバッグへ。金を貯め
て、整形するつもりだった。

これまでにも、針を鼻に刺して、顔を変えようとしたことがある。
したくてするわけではない。だがそうしなければ、見つかって捕
まってしまう。

一度、ディズニーランドにも行った。偶然、大学時代の同級生を
目にしたが、声をかけられるはずはなかった。

関西での現場仕事は続いていた。「はい」と「わかりません、教
えてください」だけを繰り返していた。現場での覚えはよかった
ようだ。働いては沖縄へ。これを繰り返した。

懸賞金がかけられた。うその報道もあった。彼が女装をしたり、
男性相手に体を売ったという内容のものだ。激怒した。捕まって
はならないと思った。逮捕とはつまり、さらし者になることだ。

整形のために病院を訪れたことが、逮捕のきっかけとなった。最
初出向いたのは福岡の病院だ。歯を治そうとしたが、矯正は不要
と言われて断られる。仕方なく、同系列の名古屋の病院へ向かっ
た。

かかった費用は四十万円。眉間にメスを入れた。手術の日、経過
を見るための一週間の間、漫画喫茶で寝泊りしていた。抜糸のた
めにさらに時間が必要だったが、抜糸は自分でやることにした。

福岡へ。そこで身元が割れたことを知った。沖縄へ行こうと思っ
た。あの島で野垂れ死にしたい。フェリーに乗るため鹿児島へ、
熊本へ。九州が封鎖されていることに気づき、いったん関西へ戻
ることにした。そこから沖縄へ、フェリーで一本である。

だが心の中では「ここまでか」という思いがあった。大阪でフェ
リーを待っているときだ。捜査官が近づいてきた。そのとき「あ
きらめなさい」と語りかける声があることに気づいた。

逃亡、二年七ヶ月。死体遺棄の時候は三年だ。その前に捕まって
よかったと思う。


その足取りや、一文無しで逃げる方法を知りたい人にはいいかも
しれない。(それもどうかとは思うけど) それをのぞけば大し
て読むべき本でもないと私は思う。

ざんげもない、後悔もない。本が出されたこと自体には、私は特
別思うことはないが、被害者のご遺族には非常に苦しい本だと思
う。

同情を買おうとしているのではないか。そんなレビューがアマゾ
ンにあったように思うが、果たして、これで同情なんかする人が
いるのかなとも考えた。

被害者の女性に対しては、とってつけたような謝罪の言葉が一応、
見られる。だが彼が動揺し、激昂し、丸裸の感情を見せる場面は、
自分のことが面白おかしく報道される箇所のみである。

結局、自分、自分。自分が一番大切なのよ。これで同情なんかで
きる?

印税は受け取らないそうだ。遺族の方か、公共の福祉に使ってく
れと書かれている。犯罪についての記述はない。


本日ご紹介の本はこちらから↓
逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録  市橋 達也

2011年2月7日月曜日

No.386 佐川光春「とうさんは、大丈夫」→ 2点

佐川 光春「とうさんは、大丈夫」→ 2点
発行元 :株式会社講談社
初版発行:2010/3/25
佐川 光春(サガワ ミツハル)

あらすじ

児童相談所の職員として絶望的に悪化する職場環境で奮闘を続けていた私は、
ある事件をきっかけに仕事へ出ることが出来なくなった。
病院で鬱病と診断され、しばらくの間故郷の北海道で静養した私は、何とか
小康状態を取り戻すことができた。
ようやく職場に復帰した私を待っていたのは、異常な雰囲気に包まれた児童
擁護ホームだった。

コメント

「なんだこりゃ!?」という感じの一冊。
「まじめにコツコツ頑張ればなんとか安泰にやっていける。」という方程式が
完全に瓦解した現代日本においては、マジメすぎるお父さんは狂うしかないの
だ!というのが主題であり結論のようにも思えるが、なんかちょっと違う気も
する。
意味が分かるようで分からない表紙といい、何とも難解な作品だった。
どこまでが本気でどこからギミックなのか、作者の本意が全く分からない。
誰か解説してくれ〜、という感じ。

但し、現代における児童虐待の問題については完全に北田と同意見だ。
悲惨な環境に置かれた老人には原則として何かしらの「自分の責任」という部
分があるが、不幸な環境にある子どもには一切責任と言うものがない。

将来性を含めて子どもは国の宝なのだから、子どもを育てる能力や意思がない
親からは国がじゃんじゃん引き取って育てれば良い。
財源なぞは手厚い老人の社会保障を削ればあっという間に捻出できる。

老人が長生きする国より、子どもがすくすく育つ国の方がナンボかマシだと思
うんだけど、現在の日本は全く逆の方向に進んでいると思う。
誰か大ナタふるって仕組みを変えてくれんですかね。


とうさんは、大丈夫

0点→途中リタイア。読むことが苦痛。出会ったことが不幸。意味が分からない。
1点→なんとか最後まで読んだが、時間のムダだった。つまらない。
2点→可もなく不可もなし。ヒマつぶしにはなったかなというレベル。
3点→難点もあるがおおむね満足。この作者なら他の作品も読んでみたい。
4点→傑作。十分に楽しんで読めた。出会えてよかった一冊。他人にもすすめたい。
5点→最高。とにかく良かった。人生の宝物となる一冊。

※ 小数点は、上記点数の間であるとご理解下さい。

本のご紹介です。1日が見えて ラクになる! 時間整理術!

これであなたも読書通!話題の本をほぼ日刊でご紹介



本日は ◆自己啓発系


1日が見えて ラクになる! 時間整理術!  池田暁子
¥ 998  メディアファクトリー (2010/9/8)


大人気、池田暁子さんの自己啓発コミックエッセイ。

この方はこれまでにも、いろんなことに取り組み、成功させてき
た。汚部屋(足の踏み場がないほど汚い部屋のこと)から脱出、
お金を貯める方法、あと5キロのダイエット。

このたび時間管理に挑戦されるということで、楽しみに手にとっ
てみた。

編集者さんとの打ち合わせの場面から。

編集者さんが次回の約束を取り付ける。その際に、別の取材もあ
わせて行いましょうかと提案する。池田さんは驚いた。そんなこ
とができるものかと。

家からその場所までは、片道一時間がかかる。用事を同日にまと
めてしまえば移動時間がまるまる省けることになる。すごいお得。
池田さんはそう考えた。

以後、自分の時間を見直す作業を行ってみる。紙に書き出した。
無駄な時間が多い。しかも効率が悪い。

朝、顔を洗って体重を量って、ネットをつなぐとそのままうろう
ろ不要のページを眺めてしまう。友人からのメールがないかと、
何度もチェックすることもある。

池田さんはゴミ捨てが苦手だった。決まった曜日、決まった時間
にゴミを出すのが難しい。(ちょっとおかしいよな)

そこで、朝やることのセットにくっつけることにした。一連の流
れの中で、習慣化することに決めたのだ。慣れてしまうと簡単に
なる。習慣化。これが一つのコツである。

また、気負いだけはあるものの、仕事がまったく進んでいない状
況も自覚した。紙に書き出してみると、どれだけ無駄があるのか
がわかる。

紙の利用、書き出していくことは大切だ。仕事の進捗にも、この
方法を使うことに決めた。今やっている仕事を紙に書き出してゆ
く。途中でやめるときは、その旨、次にやるべきことも書いてお
くようにした。

こうすると、区切りが自分の中で生まれる。これまでだったら、
次何をやるべきか、自分がどこで止まっているのか、わからなく
ていらいらするばかりだった。

クリエイティブな仕事だ。アイディアに行き詰ることもある。そ
んなときは迷わず作業を中断することにした。気分転換に家事を
する。散歩をする。そうすると、新鮮な頭で取りかかることがで
きた。

そわそわし始める「サイン」を、自覚しておくことが大切。こう
することで、平日の昼間を仕事に集中することができるように
なった。

池田さんは今、落書き帳を「秘書」と呼んで身近に置いている。
仕事の進捗、次の予定、心がけることを書き込んでおく。予定の
可視化が重要だ。


ファンじゃなかったら、きっついなー、と思った。最初のハード
ルが低すぎる。用事をまとめることを思いつかなかったり、ゴミ
出しが苦手だったり(一日家にいる仕事なのに、という意味で)、
その辺は普通、クリアしてるやろ、と思うことから始まるのがき
つい。

しかし用事の可視化というのはいいと思った。その日やることだ
けじゃなくて、進捗を書き、ノートと相談するというのは、私も
よくやっている。確かにいい。

というわけなので、ファンの方はぜひどーぞ。


本日ご紹介の本はこちらから↓
1日が見えて ラクになる! 時間整理術!  池田暁子

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

継続の破壊力を知ってしまったので、

死ぬまであきらめない。


今日も一日味わいつくしましょう。

2011年2月6日日曜日

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

選んだ道が合っていたかどうか、

後になっても結局わからないのであれば、

好きな道をわがままに選ぼうか。

今日も一日味わいつくしましょう。

週刊 お奨め本 第432号『がんの最後は痛くない』

週刊 お奨め本
2011年2月6日発行 第432号

『がんの最後は痛くない』 大岩孝司
¥1,300+税 文藝春秋 2010/8/30発行
ISBN978-4-16-373000-4


今日、ご紹介するのは医師が書いた緩和ケアの本です。
緩和ケアっていうのは昨今話題になっているのはご存知の方も多いかと思います
が、縁のない方は聞いたこともないかも。
ウィキペディアに拠ると、「生命(人生)を脅かす疾患による問題に直面してい
る患者およびその家族の、QOL(人生の質、生活の質)を改善するアプローチ」と
いうことだそうで、早い話が、末期がんの患者につらい治療を押し付けるよりも、
本人の望む生活ができるようにしましょうね、ということ。
がんに限らないし、治療方法の点だけにも限らないし、終末期医療にも限らない
んだけど。この本の内容に関してはそーゆーことなので、とりあえずそーゆー理
解でヨロシクです。

著者の大岩先生は終末期のがん患者を対象にした、在宅緩和ケア専門の診療所を
開いている。

緩和ケアの専門医、というか、もひとつ専門性を強めて「在宅緩和ケア」。
個人的に、これ、すごく関心のあるテーマなんですよ!
そういう理由で今週のオススメ本な訳ですが(^^;ゞ。
余命数ヶ月となったら、病院でぎちぎちに管理されながら残りわずかな生を終え
たくないっ。

で、問題は、がんの場合は痛みのコントロールですね。
先生は経験から、がんの最後に痛みが出ない患者は多く、痛みが出ても鎮痛剤で
和らげることができると言う。
おお、心強い言葉だ。

三十年前までは、モルヒネはなるべく使わない、というのが原則でした。
余命いくばくもないという段階で初めてモルヒネ投与開始。しかしギリギリまで
我慢してきた患者には、もう簡単にはモルヒネも効かない状態になっている。そ
れで注入量がどんどん増えて、意識が薄れるまで使うことになる。
──という時代が長く続き、多くの患者ばかりか医療関係者にまで、「がんの最
後には七転八倒の痛み」「モルヒネは最後の最後、使うと意識混濁の怖いクスリ」
というイメージが染みついてしまった。


けれど痛みを取るためのクスリは進歩している。
二十四時間効き目が持続して一日一回服用すればいいモルヒネの徐放錠もあるし、
三日に一回貼り替えればいいフェンタニルという麻薬の貼り薬もあるという。

鎮痛剤の使いすぎを怖れて、痛みを我慢してばかりいるのって、却って体によく
ないって言いますもんね。むしろ痛くなる前に服用することで、痛みに対する恐
れや不安がなくなり、結果として鎮痛剤の使いすぎも防げるらしい。

この本で知ったモルヒネに関する知識。

> 「痛い」という感覚が生じたとき、身体は麻薬を受け取る準備をし、同時に、
> その副作用に困らないようにする別の物質を体中に出します。つまり、痛みに
> 使う麻薬には、人間の体自体に中毒にならないような仕掛けがあるのです。脳
> や内臓がだめになることもありません。(89頁)

そうだったのかー。
痛くなったら安心してモルヒネを使ってもらおう。


モルヒネは安全だ、という主張を見ると、この先生はモルヒネ乱用してるのかな?
と心配になるけれど、逆に先生の診療所ではモルヒネ使用量がだんだん減っていっ
ているのだそうな。
痛みの原因は、実は「不安」にあることが多く、医師や看護師との正しいコミュ
ニケーションが取れていれば、そして患者が自律できていれば、痛みをコントロ
ールすることが可能だ、という。

自立ではなく、自律。
これ、キーポイントです。


この本を読んで、私はがんへの恐怖がずいぶん和らぎましたよ。
実際には担当医によって治療の方針は変わるだろうし、緩和ケアにどれだけ期待
できるかも変わるだろうけど、思い込みから「もうすぐ痛くなるぞ痛くなるぞ」
と不安に苛まされながら闘病生活を送るよりは、楽になれそうな気がする。


と言いながら、なんとなく自分ががんにならないような気もするんですけどね(爆)。
むしろ恐れるべきは糖尿病とか〜認知症とか〜(>_<)。


がんの最後は痛くない』 大岩孝司

こんな本読んだよ!1102050242

46年目の光 ロバートカーソン/池村千秋 訳 NTT出版


ノンフィクションです。マイクメイは三3才のときに科学薬品の爆発により失明してしまう。そして46才のときに出会った眼科医から視力を取り戻せるかもしれないと告げられる。二回の手術により、幹細胞と角膜を移植するという最新の治療法だった、
リスクはあった。まず手術そのものの成功率は50パーセント。成功してもどれだけ回復するかわからない。また突然視力を失う可能性もある。さらに、拒絶反応を押さえるために術後に飲む薬にはガンを含めた命に関わる副作用の危険がある。
メイは迷った。目が見えなくても幸せで充実した人生を送っている。なのに命をかけてまで視力を取り戻すチャレンジをする必要があるのか。
しかしメイは手術を受ける決心をする。それは自らを「冒険者」と考えるメイの生き方を貫くための決断だった。
手術は無事成功。視力を取り戻した。
しかしメイの視覚には得意なことと不得意なことがあった。動きのあるものを見ることやいろを見分けることは、うまくできたが、人の顔や物体を区別したり奥行きを感じたりするのは不得意だった。
様々なテストの結果原因は脳にあることが明らかになった。「ものを見る」という作業は単に視力だけでなされているわけではない。長い間の人生経験による知識が重要なのだ。3才で失明したメイには絶対的にこの点がかけていた。そこでメイは視力だけでなく触覚を使ったり息子たちに質問をしたりして脳内にカタログを作成するという気の遠くなるような作業に取りかかった。
うまくいくかに思えたある日の検診で拒絶反応が見つかる。つらい治療を受けることになる。
しかし今回もメイは打ち勝ち視力を手にするこっができた。
私とはケースが違いますが、良くなる可能性がある治療法が開発されているというのは明るい話題です。
今回の本は読者様に紹介いただいて読んでみました。いい本がありましたら教えてください。


46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生

双雲からの言霊

■今日の武田双雲からの言霊

適度なスピードを出したら、

勝手にバランスがとれた。


今日も一日味わいつくしましょう。