【1】読書感想 (第348冊)
小田部雄次 「華族」 中公新書
歴史が好きと言っても色々で、戦国時代が好きだとか、伊達政宗とか
新撰組といった特定の人物とか団体に関心があるとか。
私は家系とか血縁といった、「お家」「血筋」に関心が高い。
これは敬愛する作家南條範夫が重視していた歴史鑑で、「お家」大事が
薄れてしまった現代では忘れがちだが、昔は個人よりも「お家」が重要
だった。どうしてそれほど才能の無い武将が伸し上がれたのか?
ある時期からメキメキと頭角を現したのは、姻戚関係や地縁が働いたので
はないか?
詰まらない見方と思えようが、歴史の裏面を見るには忘れてはならない。
明治の御一新によって武家社会は崩壊し、天皇を中心とした国家・官僚に
よる中央集権国家が産まれた。
江戸期は落ちぶれていた公卿、明治維新で大活躍した脱藩浪人も含めて、
大名や薩長土肥の中心メンバー、果ては高僧や大昔の忠臣(南北朝時代の
遺臣功臣の末裔)まで引っくるんで、華族が創設される。
岩倉具視と伊藤博文が対立しながら華族の骨格が構想されるが、岩倉の死
によって伊藤が押し進める形で公侯伯子男の五爵に分けられた。
最盛期には千家以上も華族が産まれることとなり、こんなものが現代まで
残ってたら飛んでもない問題になっていただろう。
きっと歴代の総理は、華族に入れた入れなかったと大騒ぎだったろう。
春秋の勲章だけでも苦々しいのに、華族は一度成れると相続できる。
華族に相応しい付き合いもしなくちゃいけないから、財力の無い人は爵を
返上したという。もしくは爵位を相続しないとか。
でもそんな人は少数であり、多くはありがたく叙爵したそうだ。
戦前日本なら、現代人では想像できないほど名誉なことだったのだろう。
本書は華族の成立から諸問題、諸事件、そして衰退、敗戦による廃止まで。
たっぷりと書いてあるようでいて、コンパクト。
華族とはなんぞや?という入門にも打ってつけ。