2010年12月26日日曜日

週刊 お奨め本 第426号『路地裏ビルヂング』

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週刊 お奨め本
2010年12月26日発行 第426号
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『路地裏ビルヂング』 三羽省吾
¥1,524+税 文藝春秋 2010/7/10発行
ISBN978-4-16-329340-0
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三羽省吾を紹介するのは、これで四回目かな?
発行人けっこうお気に入りの作家です。


入り組んだ路地の、築後半世紀近く経っていると思われるおんぼろビル、「辻堂ビ
ルヂング」を舞台にしたゆるーい人間ドラマ。
感動とか涙とか愛とかそーゆードラマチックな盛り上がりはないし、ほのぼのとか
優しさとかそーゆー癒しもないけど、ふつーの人々のそれなりの頑張りが、ふつー
にいい感じです。


辻堂ビルヂング5階に、健康食品&グッズの販売会社「オーガニック・ヘルス
(株)』がある。
フリーターだった加藤は、とりあえず半年頑張って失業手当をもらう目的で、こ
の会社に入社した。おそろいの黄色いジャケット、体育会系のノリ、ノルマたっ
ぷり。同期入社はどんどんやめていく。
残ったのは、加藤、元ヤンの酒井、気の弱そうなデブの宇佐美、幸薄そうなメガ
ネ女の沼田、五十くらいのくたびれたオヤジ久米沢。
そんななか、ひとりマイペースだった久米沢の口車に乗って…。
                                「道祖神」


辻堂ビルヂングの屋上には、植木鉢やプランターが大量に置かれ、けっこうな数の
緑が茂っている。その片隅に、小さな祠。
ビルが建っている場所は、江戸時代には街道が交わる辻に当たり、道中の無事を祈
る道祖神が屋上に移されて今も祀られているのだという。

二階には「あおぞら保育園」という無認可保育園がある。
五十半ばで資格のないおばさん、種田はここで働いている。
自慢の息子は結婚して、母親を引き取って一緒に暮らしたいと毎日電話をかけて
くるが、種田は仕事をやめる決心がつかない。仕事はハードで月給は十二万ちょ
っとしかない、執着するような職場じゃないのに。
                              「紙飛行機」


> なにも持っていないただのおばさんでも、きっかけさえあれば、風を上手くつか
> まえさえすれば、まだまだ飛ぶことはできる。[…]
> おばさんは、まだ終わっていない。
> このゾクゾクを手に入れただけでも、私はもう既に飛んでいる。(108頁)


三階には学習塾「辻堂塾」。
そこでアルバイト講師をしている大貫。いまだにバイト生活の自分に忸怩たるも
のを感じている。学生時代の友人の結婚披露宴に出席し、そこで定職を持たない
海外放浪趣味の河原とトラブる。
塾の教え子は公開テストを受けたくないと相談を持ち込み、生活費は底をつき、
黄色いジャケットの男にはひそかに思いを寄せている二階の保母さんのことをか
らかわれ…。
「サナギマン」


> 「人生ってのは、敗北感の上に喪失感が重なって、そのまた上に虚無感とか脱
> 力感とか、たまには人に騙されて、そいつをぶっ殺したいような気持ちとかも
> 重なってって出来てる。つまり人生つーのはだなあ、挫折と絶望のミルクレー
> プなんだよ」(161頁)


四階には「HN不動産分室」がある。契約社員の桜井は、今日もひたすら電話を
かける。最近、このビルに続けざまに泥棒が入り…。       「空回り」

六階「辻堂デザイン事務所」の営業マン、江草。大学で故障するまで続けた野
球の無念を仕事で晴らす。がむしゃらに、やるだけやったといえるだけのこと
をやってみせたいのだ。後輩の背とは振り回されてたいへんだけど。 「風穴」

一階にはお食事処「辻堂」。おでん屋だったりカレー屋だったりお好み焼き屋
だったりホルモン焼き屋だったりするが、店員は常に同じ。そして、とにかく、
まずい。ここで置物のようにちんまりしている管理人が、辻屋の歴史を振り返る。
「居残りコースケ」


ばかばかしくもナサケナイ、おんぼろビルで出会う人々の日常ドラマ。
頑張ってる人も、流されてる人も、ちょっとだけ前向きな人も、困ってる人も、
いろんな人がいて、それぞれの事情のなかでそれなりに毎日を生きている。
同じビルのなかで毎日顔をあわせ、だけど名前も知らない仲の、不思議な距離感。

上に引用した「人生ミルクレープ」、ここだけ読むとなんかマジメにいいこと
言ってるっぽいですが、実はそうとうお間抜けです(爆)。映像を思い浮かべて
しばらく思い出し笑いが続きました(笑)。三羽省吾って、こういうの、うまい
よねー。



『路地裏ビルヂング』 三羽省吾