週刊 お奨め本
2010年12月19日発行 第425号
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『木暮荘物語』 三浦しをん
¥1,500+税 祥伝社 2010/11/10発行
ISBN978-4-396-63346-2
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三浦しをんの連作短篇集。
世田谷線代田駅から徒歩五分の、築ウン十年の木造二階建ての木暮荘が物語の舞
台。木暮荘の住人と、その周辺の人々が巻き起こす、おかしな物語。
木暮荘203号室の住人である坂田繭が、恋人の伊藤晃生と日曜日の昼下がりにごろ
ごろしていると、三年前にふらりといなくなった元恋人の瀬戸並木が突然やって
きた。
三年間の諸国放浪を終えて帰国したばかりだという。
「住むところが見つかるまでここにいさせて。だって俺たちつきあってるだろ?」
「断じてつきあってない!」
奇妙な三角関係が始まって…。
「シンプリーヘブン」
木暮荘の大家である木暮氏は、年寄りではあるが、元気である。
最近木暮氏が考えていること、望んでいることは、セックスである。
きっかけは、旧くからの友人の見舞いに行ったことだった。七十を過ぎている友
人は、老妻にセックスを求めて断られたと愚痴をこぼした。それを聞いて、木暮
は俄然セックスがしたくなったのだ。遠からず訪れるであろう死のときの前に。
頼むべきは妻であろうが、妻とは遠慮のない間柄であるから断られる可能性が高
い。死の間際に妻にセックスを求め、妻に断られてがっかりしたまま死にたくな
い。…
「心身」
峰岸美禰はトリマーだ。一年ほど前に引っ越してきて、近所を散歩するのも楽し
い。散歩の途中、気になるアパートを見つけた。広々とした庭に雑草が生き生き
とはびこり、薄汚れた雑種の犬が飼われている。
ああ、洗いたい。あの犬をシャンプーしてやりたい。
そんなある日、代田駅で奇妙なものを見つける。どぎつい水色をしたキノコのよ
うなもの。謎のキノコはどんどん大きくなり、いつのまにか男根そっくりの形状
になった。しかも誰もその存在に気づいていないらしい。それが見えるのは、美
禰と、駅で知り合った前田という男だけだ。
前田はミネという名のプードルを飼っている。そして、ヤクザだ。
「柱の実り」
木暮荘201号室の神崎は、外食産業に勤めるサラリーマンだ。
ある日、掃除機を片付けようとして、うっかり押入の奥の壁を破ってしまった。
隣室の押入との間は板一枚で仕切られているだけだったのだ。どんだけ壁が薄い
んだ! これでは階下の音が丸聞こえなのも当然だ。
空室である隣室にしのびこんだ神崎は、102号室の女子大生の生活を覗き見ること
に熱中しはじめた。
覗き見は気持ちがいい。目だけの生き物になるようだ。
「穴」
他に、坂田繭の勤め先である「フラワーショップさえき」の佐伯が夫に向けるジ
ェラシーが泥の味がするコーヒーに象徴される「黒い飲み物」、「穴」で覗き見
される側の女子大生が、友達が産んだ赤ん坊を押し付けられて右往左往しながら
育児に励む「ピース」、坂田繭を諦めきれない瀬戸並木がストーカーもどきにな
って、「フラワーショップさえき」の常連客であるニジコに拾われる「嘘の味」
の、全七編収録。
共通するのは、セックス。
人と人がつながる。セックスと、人肌のぬくもりで。
> 男は花束をとおして、自身の力をアピールしようとする。金銭や自分の存在の
> 大きさといったものを。でも女は、受け取った花束から相手の気づかいや対話
> の意志を読み取ろうとする。どれだけ自分の好みを知ってくれているか、どれ
> だけ細やかな思いを注いでくれているかを。
> 男女の気持ちがすれちがうのも当然だ。[…]だからこそ、いつまでも飽きずに
> 恋ができるのかもしれない。(122頁・「黒い飲み物」)
> 並木は繭のことが好きだった。いままでに寝た女は繭しかいない。並木が肌を
> 添わせ、粘膜で粘膜に触れたことのある生き物は、地球上で繭以外にいない。
> これから繭のほかに、そういうことをしたいと思える相手が現れるのか定かで
> はない。もし現れなかったとしても、我が人生に一片の悔いなし!(229頁「嘘の味」)
「穴」に関して言えば、すべての男性に読んでほしいね!
女性に対する夢は消えるかもしれないけど、現実的に女性への理解は深まると思
うぞ。さすが三浦しをん、リアルだぜ〜。
いや、すべての女性がここまで自堕落ではないとしても。
帯や、レビューにあるみたいに「木暮荘に住みたくなる」ってことはないけど
(音がダダ漏れだったり、覗き見されたりするようなアパート、やだ!)、住
人たちがやさしいのはたしかです。
なにかあったら、駆けつけてくれる。
助けが必要なときは手を貸してくれる。
木暮荘の生活を覗いてみませんか。